オーステナイト系ステンレスでは固溶化熱処理をすることがあります。
ステンレスって熱処理できるの!?という初耳レベルの方に向けて、固溶化熱処理について分かりやすく解説します。
固溶化熱処理とは?
固溶化熱処理とは、合金を高温に加熱し、特定の元素を固溶状態にさせる熱処理方法です。
この処理により、金属材料の機械的特性や耐食性が向上します。
ここで固溶状態って何ですか??という疑問が出てきますよね。
固溶状態の形成というのは、加熱することで、合金内の特定の元素(例えば、炭素、クロム、ニッケルなど)が母材(金属基体)内に均一に溶解(溶かしこんで固めてしまうこと)することを指します。
この状態を「固溶状態」と呼びます。具体的には、以下のような元素が固溶します。
- 炭素:鋼鉄の強度と硬度を向上させます。
- クロム:ステンレス鋼の耐食性を向上させます。
- ニッケル:ステンレス鋼の靭性を向上させ、加工性を良くします。
熱処理のプロセス
加熱温度:1000~1100℃
保持時間:熱処理する素材サイズに応じて変えます(ここが熱処理業者の腕の見せ所?)。
冷却:常温まで急冷。急冷しないと熱処理の効果が得られない。
固溶化熱処理の主な材質
固溶化熱処理は、ステンレス鋼、アルミニウム合金、ニッケル合金などの多くの金属材料に対して適用されます。
- ステンレス鋼: クロムとニッケルが均一に固溶することで、優れた耐食性と機械的特性を得られます。
- アルミニウム合金: 固溶化処理により、軽量で高強度な材料となり、航空機や自動車に利用されます。
- ニッケル合金: 高温環境での耐食性と機械的特性を向上させるために使用されます
実例
- ステンレス鋼: 食品加工機器や医療機器などで広く使用されています。
- アルミニウム合金: 航空機部品、自動車部品に多用されています。
- ニッケル合金: 石油化学プラントや発電所のタービンブレードに利用されています。
固溶化熱処理の重要性
固溶化熱処理は主に以下の理由から重要とされています
- 金属の均一性の向上: 固溶化熱処理により、金属内の元素が均一に分散し、機械的特性が向上します。
- 耐食性の向上: 特にステンレス鋼などでは、耐食性が著しく向上します。これは、元素の均一分散(特にクロムの均一化)により、腐食に強い金属構造が形成されるためです。
- 金属の強化: 高温で固溶状態にすることで、金属の硬度や強度が増加します。
日本鉄鋼協会の資料によれば、固溶化熱処理により、ステンレス鋼の耐食性が約30%向上することが示されています。また、**米国材料試験協会(ASTM)**の基準によると、固溶化熱処理後の金属の引張強度が平均で20%増加することが報告されています。
このように、固溶化熱処理は金属材料の特性を向上させるための重要な熱処理方法だということがわかります。
なので金属の強度、耐食性、機械的特性が大幅に改善され、多くの産業分野で広く応用されています。
金属の種類 | 効果 |
---|---|
ステンレス鋼 | 耐食性の向上(約30%) |
アルミニウム合金 | 引張強度の増加(約20%) |
参考リンク
固溶化熱処理の注意点
固溶化熱処理の際には、適切な温度管理と急冷速度の調整が重要です。
固溶化熱処理に限らず、熱処理全般において温度管理は超重要であり、同じ素材でも熱処理温度を変えれば機械的性質も変わってしまいますので覚えておきましょう。
固溶化熱処理における主な注意点は以下の通り。
- 温度管理: 固溶化処理温度は合金の種類によって異なり、過剰な加熱や不十分な加熱は期待される効果を得られません。
- 急冷速度: 急冷速度が適切でない場合、内部構造が不均一となり、機械的特性が低下します。
- 酸化防止: 高温での処理中に酸化を防ぐため、保護ガスを使用することが一般的です。
このあたりの注意点については、熱処理業者側で管理することですけどね。
固溶化熱処理をするステンレスの種類
固溶化熱処理を適用するステンレスは、主にオーステナイト系ステンレス鋼です。
ステンレスには、フェライト系ステンレス、マルテンサイト系ステンレス、オーステナイト系ステンレスの3つに大きく分けられます。
それぞれ異なる結晶構造と化学組成を持ち、これにより特性や用途が異なります。
以下に少しだけ詳しく書きますが、頭が痛くなる場合はスルーしてください(笑)
オーステナイト系ステンレス鋼
- 結晶構造: オーステナイト系ステンレス鋼は、オーステナイト結晶構造(γ相)を持つ。これはFCC(面心立方格子)構造であり、非常に安定している。
- 化学組成: 主に18%のクロム(Cr)と8%のニッケル(Ni)を含む。代表的な合金はSUS304。
- 特性:
- 高い耐食性
- 非磁性
- 優れた加工性と溶接性
- 優れた低温特性
- 用途: 化学工業、食品加工、建築材料、家庭用品など。
フェライト系ステンレス鋼
- 結晶構造: フェライト系ステンレス鋼は、フェライト結晶構造(α相)を持つ。これはBCC(体心立方格子)構造。
- 化学組成: クロムを多く含み(10.5%以上)、通常はニッケルを含まない。代表的な合金はSUS430。
- 特性:
- 耐食性はオーステナイト系ほど高くないが、特定の環境で優れる
- 磁性がある
- 良好な耐熱性と酸化抵抗性
- 高温環境での優れた強度
- 用途: 自動車部品、家電製品、厨房機器、構造材など。
マルテンサイト系ステンレス鋼
- 結晶構造: マルテンサイト系ステンレス鋼は、マルテンサイト結晶構造を持つ。これはBCT(体心正方格子)構造である。
- 化学組成: クロム(12-18%)を含み、ニッケルは少量含まれることがある。代表的な合金はSUS410。
- 特性:
- 高い強度と硬度
- 耐食性はオーステナイト系より低いが、適切な熱処理により向上
- 磁性がある
- 低温脆性があるため、低温での使用には向かない
- 用途: 刃物、工具、バルブ部品、シャフト、スプリングなど。
実例
- オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304): 食品加工機械やキッチン用品など、耐食性が重視される用途に使用。
- フェライト系ステンレス鋼(SUS430): 自動車の排気系部品や家庭用電化製品の部品として使用。
- マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS410): ナイフやカッターなどの刃物、機械部品や工具に使用。
特殊例の析出硬化系ステンレス(SUS630、SUS631)
固溶化熱処理を行うオーステナイト系ステンレスの中に分類される、析出硬化系ステンレスというものもあります。
SUS630、SUS631が一般的な析出硬化系ステンレスであり、固溶化熱処理を行ったあとに析出硬化熱処理(時効硬化熱処理)をするのが一般的です。
モリブデン、チタン、銅、アルミニウムなどが鋼の中に溶け込んでいる状態で400-600℃程度に温度を上げると、それらが2種類以上の元素が混ざり合って析出して硬化することで高強度と高硬度を得られる特徴があります。
2種類以上の元素が混ざり合った金属のことを第二相と呼びます。
析出硬化(時効硬化)とは?
金属は、時間の経過に伴い機械的性質や物理的性質が勝手に変化することがあります。
この現象を「時効」と表現します。
固溶化熱処理が不充分であったり、金属を曲げたり押し潰したりすることで金属結晶にひずみが生じると、金属は結晶学的に安定な状態に戻ろうとします。
このように自然に変化することを「自然時効」と呼びますが、低温焼鈍(テンパー処理)により強制的に高温にすることでその変化を人工的に出すのが「時効処理」です。
低温焼鈍(テンパー処理)は応力除去処理と同じですが、析出硬化は固溶化処理で組織に溶け込んだ金属が第二相として析出させることを指します。
例:SUS630であればCuの化合物、SUS631はNiAlの金属間化合物
固溶化熱処理のまとめ
固溶化熱処理は、金属材料の内部構造を均一化し、機械的特性を向上させるための熱処理法です。金属材料の性能を最大限に引き出すための基本的な工程であり、機械部品や構造材など多岐にわたる分野で活用されています。
特に、ステンレス鋼やアルミニウム合金などの析出強化型合金において重要な工程となりますので、どのような金属が対象となるのかは覚えておいた方がよいでしょう。