機械加工や金型製作の現場で「プリハードン鋼」という言葉を聞いたことはありませんか?
プリハードン鋼とは、あらかじめ熱処理(焼入れ・焼戻し)を施した状態で出荷される鋼材のことを指します。加工後に追加の熱処理が不要なため、コスト削減・納期短縮・加工精度の安定など多くのメリットがあります。
しかし、S45CやSC材などの一般鋼材との違いが分かりにくく、「なぜプリハードン鋼を使うのか?」と疑問に思う人も多いでしょう。
この記事では、部品加工の現場目線で
- プリハードン鋼とは何か
- 普通の鋼材との違い
- 代表的な鋼種(NAK55・NAK80など)
- 加工や材料選定でのメリット
を金属加工初心者でも理解できるようにわかりやすく解説します。
例えば、S45C(HRC30)とか。
S45Cの調質硬度はせいぜいHRC20-23くらいまででしょう。
HRC25は入らないと思います。
なので、焼入れ焼き戻しで硬度を合わせてもらうしかない。
それならば、プリハードン鋼を使ったほうが熱処理代も時間も省略できるのでコストが抑えられるしラクです。
図面を見て「あーこの硬度は面倒だなぁ」と思ったら、プリハードン鋼を提案してみよう。
プリハードン鋼とは?熱処理済みで使える鋼材

プリハードン鋼とは、製造メーカーの段階であらかじめ焼入れ・焼戻しなどの熱処理が施され、一定の硬度に調整された状態で販売される鋼材のことを指します。
通常は焼き入れ焼き戻し(熱処理)をして、金属の硬さを調整します。しかし熱処理をすると材料に歪みや変形が発生するため、再度研磨や仕上げ加工を行う必要があり、どうしてもコストや時間がかかってしまいます。
その点、プリハードン鋼は出荷時点ですでに必要な硬度が入っているため、基本的には加工後の熱処理が不要です。つまり、加工してそのまま使用できる材料というわけです。
この特徴によって
- 熱処理費用の削減
- 加工工程の短縮
- 熱処理による歪みの回避
- 納期短縮
といったメリットが生まれ、現在では金型製作や機械部品加工の現場で非常によく使われる鋼材になっています。
ここでは、プリハードン鋼の意味や硬度、代表的な鋼種など、基本的な特徴をわかりやすく解説していきます。
プリハードン鋼の意味(Pre Hardened Steel)
プリハードン鋼は英語で「Pre Hardened Steel(プレハードン・スチール)」と呼ばれます。
名前の通り、
- Pre(あらかじめ)
- Hardened(硬化させた)
という意味があり、あらかじめ硬化処理された鋼材ということになります。
一般的な鋼材では、材料メーカーからは焼きが入っていない状態(軟らかい状態)で出荷され、部品加工後に熱処理を行って硬度を調整します。
しかしプリハードン鋼は、材料メーカーが最初から適切な熱処理を施して出荷しているため、加工後に再び焼入れする必要がありません。
そのため、加工者から見ると「加工してすぐ使える便利な材料」として扱われています。
プリハードン鋼の硬度
プリハードン鋼の硬度は鋼種によって多少異なりますが、一般的にはHRC30〜45程度に調整されています。
この硬度は、機械加工が可能な範囲でありながら、部品や金型として十分な強度を持たせることができるバランスの取れた硬さです。
例えば、以下のようなイメージになります。
- S45C調質材:HRC20前後
- プリハードン鋼:HRC30〜45
- 焼入れ鋼:HRC50以上
つまりプリハードン鋼は、「調質鋼より硬く、焼入れ鋼より加工しやすい」という中間的な性質を持っています。
また、多くのプリハードン鋼には快削元素(硫黄など)が添加されていることもあり、硬度があるわりに切削加工がしやすいのも特徴の一つです。
プリハードン鋼の代表鋼種
プリハードン鋼にはさまざまな種類があり、主に金型材料として開発されたものが多く存在します。
代表的な鋼種としては、以下のような材料があります。
- NAK55(大同特殊鋼)
- NAK80(大同特殊鋼)
- P20(プラスチック金型用鋼)
- HPMシリーズ(日立金属)
特にNAK55やNAK80は日本の金型業界では非常に有名な材料で、プラスチック金型や精密部品などで広く使われています。
また、これらの鋼材は単に硬度が入っているだけでなく、
- 被削性の向上
- 鏡面仕上げ性
- 耐摩耗性
- 寸法安定性
といった特性も考慮して設計されているため、用途に応じて鋼種を選択することが重要になります。
プリハードン鋼のメリットと特徴

プリハードン鋼が機械加工の現場で広く使われている理由は、あらかじめ熱処理された状態で供給される材料であることにあります。
一般的な鋼材では、機械加工が終わったあとに焼入れ・焼戻しなどの熱処理を行い、必要な硬度や強度を持たせるのが普通です。しかし、この工程にはコスト・時間・変形リスクなどの問題がつきまといます。
その点、プリハードン鋼は材料メーカーの段階で適切な硬度に調整されているため、加工後の熱処理を省略できるケースが多く、加工工程を大きく簡略化することができます。
ここでは、プリハードン鋼が選ばれる主なメリットや特徴について解説します。
熱処理が不要でコスト削減
プリハードン鋼の最大のメリットは、加工後の焼入れ・焼戻しといった熱処理工程を省略できることです。
通常の鋼材を使用する場合、加工が終わったあとに熱処理業者へ依頼して焼入れを行い、その後に研磨や仕上げ加工を行う必要があります。この工程には数日から1週間ほどかかることもあり、さらに熱処理費用も発生します。
例えば、小さな部品でも
- 熱処理費用:1000円前後
- 熱処理後の仕上げ加工:2000円前後
といった追加コストが発生することも珍しくありません。
プリハードン鋼であれば最初から必要な硬度が入っているため、これらの工程を省略でき、結果として加工コストの削減や納期短縮</strongにつながります。
寸法変化が少ない
熱処理を行うと、材料内部の組織変化によって歪みや寸法変化が発生することがあります。
特に焼入れを行うと、材料は急冷されるため内部応力が発生し、部品が反ったり曲がったりすることもあります。そのため、熱処理後には研磨加工や修正加工を行う必要がある場合もあります。
しかしプリハードン鋼は、すでにメーカーで熱処理が行われた状態で供給されるため、加工後に大きな組織変化が起こることがありません。
その結果、
- 熱処理による歪みの発生を避けられる
- 仕上げ加工の手間を減らせる
- 加工精度を維持しやすい
といったメリットがあり、精度が重要な部品加工や金型製作でも使いやすい材料になっています。
被削性が良く加工しやすい
プリハードン鋼はHRC30〜45程度の硬度を持つため、一見すると「削りにくい材料」と思われるかもしれません。
しかし実際には、多くのプリハードン鋼には被削性を改善するための元素(快削元素)が添加されており、比較的加工しやすい材料として設計されています。
プリハードン鋼の多くは快削元素が添加されているため被削性も良く、 フライス加工や旋盤加工でも比較的削りやすい材料です。 ⇒ フライス加工とは?旋盤・マシニングとの違い
そのため、旋盤加工やフライス加工などの切削加工でも、S45Cなどの一般鋼材に近い感覚で加工できることが多いです。
また、材料によっては鋼材の中心まで均一に硬度が入っているものもあり、切削しても硬さのムラが出にくいという特徴もあります。
こうした性質によってプリハードン鋼は、
- プラスチック金型
- 鍛造型
- 機械部品
など、加工精度と耐久性の両方が求められる用途で広く使われています。
プリハードン鋼の用途と使い方

プリハードン鋼は、ある程度の硬度と耐久性が必要で、なおかつ加工効率も重視される用途で広く使用されている鋼材です。
一般的な鋼材の場合、機械加工後に焼入れや焼戻しなどの熱処理を行って強度や硬度を確保します。しかしプリハードン鋼は、あらかじめ熱処理された状態で供給されるため、加工後すぐに使用できるという特徴があります。
そのため、
- 金型製作
- 機械部品
- 治具・工具
- 設備部品
など、加工工程を減らしながら耐久性も確保したい場面でよく採用されています。
ここでは、プリハードン鋼の代表的な用途や使い方を紹介します。
プラスチック金型
プリハードン鋼の最も代表的な用途は、プラスチック成形用の金型(プラ型)です。
プラスチック金型では、ある程度の硬度と耐摩耗性が必要になりますが、必ずしも焼入れ鋼のような高硬度が必要なわけではありません。そのため、加工しやすく、かつ耐久性も確保できるプリハードン鋼が非常に相性の良い材料となります。
特に以下のような鋼種は、プラスチック金型材料としてよく知られています。
- NAK55
- NAK80
- P20
- HPMシリーズ
これらの鋼材は、単に硬度が入っているだけでなく、
- 被削性
- 鏡面仕上げ性
- 寸法安定性
なども考慮して設計されているため、金型材料として広く利用されています。
S45Cの代替材料として
機械部品の加工現場では、図面の硬度指定によってはS45Cの焼入れ材の代わりにプリハードン鋼を使うというケースもあります。
例えば、図面で
- HRC30程度
- 調質材より少し硬い
といった中途半端な硬度が指定されている場合、S45Cでは対応が難しいことがあります。
S45Cの調質材は一般的にHRC20前後が限界であり、それ以上の硬度が必要になると焼入れ・焼戻しの熱処理が必要になります。
しかしプリハードン鋼であれば、最初からHRC30〜40程度の硬度が入っているため、追加の熱処理を行わずにそのまま使用することができます。
このようなケースでは、
- 熱処理コスト削減
- 工程短縮
- 納期短縮
といったメリットが得られるため、加工現場では材料変更の提案としてプリハードン鋼を選ぶことも少なくありません。
表面処理(窒化処理)との併用
プリハードン鋼の表面硬度をさらに上げたい場合は、窒化処理などの表面処理を行うこともあります。 ⇒ タフトライド処理とは?窒化処理、イソナイト処理との違い
窒化処理は、材料表面に窒素を拡散させて硬い窒化層を形成する処理で、表面硬度を大きく向上させることができます。
この処理を行うことで、
- 耐摩耗性の向上
- かじり防止
- 金型寿命の延長
といった効果が期待できます。
特に金型や摺動部品では、プリハードン鋼+窒化処理という組み合わせが採用されることも多く、耐久性と加工性を両立した材料設計が可能になります。
プリハードン鋼のデメリット

プリハードン鋼は非常に便利な材料ですが、万能というわけではありません。用途によっては通常の鋼材の方が適している場合もあります。
ここでは、プリハードン鋼を使用する際に知っておきたいデメリットについて解説します。
非常に高い硬度にはできない
プリハードン鋼の硬度は一般的にHRC30〜45程度に設定されています。
これは機械加工と強度のバランスを考えた硬度ですが、焼入れ鋼のようにHRC50以上の高硬度が必要な用途には向いていません。
例えば
- 冷間鍛造金型
- 高摩耗部品
- 工具鋼用途
などでは、焼入れ焼戻しを行う工具鋼や合金鋼の方が適している場合が多いです。
材料価格がやや高い
プリハードン鋼はメーカーで熱処理や成分調整が行われているため、一般的な炭素鋼より材料価格が高い傾向があります。
例えばS45Cなどの炭素鋼と比較すると、材料単価だけを見ると高く感じることもあります。
しかし実際には
- 熱処理費用
- 仕上げ加工
- 納期
などを含めたトータルコストでは安くなるケースも多いため、用途に応じた材料選定が重要になります。
プリハードン鋼は再熱処理できるのか?
プリハードン鋼を使うときに疑問に思うのが、
「加工後にさらに熱処理して硬くすることはできるのか?」
という点です。
結論から言うと、鋼種によって可能なものと不可能なものがあります。
例えば、熱処理をしても硬度が上がらないプリハードン鋼の代表例と言えるのが、大同特殊鋼のNAK材です。 NAK55やNAK80はプラスチック金型用のプリハードン鋼として広く使われており、材料メーカーの技術資料でもその特性が解説されています。 ⇒ 大同特殊鋼|プラスチック金型用鋼
NAK55やNAK80は、時効硬化型の材料です。これらは製造工程で特殊な熱処理が行われており、通常の焼入れをしても大きく硬度が上がることはありません。
一方で、P20などの鋼種では再熱処理が可能な場合もあります。
ただし、そもそもプリハードン鋼は「熱処理を省略するための材料」なので、通常は追加の焼入れを前提として使用することは少ないと言えるでしょう。
プリハードン鋼と調質鋼の違い
プリハードン鋼とよく比較される材料に調質鋼があります。
どちらもある程度の硬度を持った鋼材ですが、実際には用途や性質に違いがあります。
| 項目 | プリハードン鋼 | 調質鋼 |
|---|---|---|
| 硬度 | HRC30〜45程度 | HRC20前後 |
| 供給状態 | メーカーで熱処理済み | 焼入れ焼戻し済み |
| 加工性 | 比較的良い | 非常に良い |
| 用途 | 金型・精密部品 | 機械部品 |
簡単に言うと、
調質鋼よりも硬く、焼入れ鋼より加工しやすいのがプリハードン鋼
という位置づけになります。
そのため、
- ある程度の硬度が必要
- 熱処理工程を省略したい
- 加工精度を重視したい
といった条件の部品や金型で、プリハードン鋼がよく採用されています。
以下は、主なプリハードン鋼の硬度を比較したものです。参考にしてくださいね。
| 材料 | 硬度 |
|---|---|
| NAK55 | HRC37-43 |
| NAK80 | HRC37-40 |
| P20 | HRC28-32 |
| HPM1 | HRC37 |


