大学院で学んだ『専門知識』の呪縛が就職を困難にする現実

大学院
Unsplash / Pixabay

今は2月。

まだまだ寒い日が続き、受験シーズン真っただ中で目指す大学・大学院への入学に向けて必死にラストスパートをきっている学生諸君も多いだろう。

 

あるいは、大学や大学院を無事に卒業し、次なる道へと歩みを進める季節でもある。

これから訪れる春の季節は新人の季節なのだ。

 

桜色の空が心まで華やかにしてくれそうな光景が目に浮かぶ一方、私のように大学院を中退する者もいるわけです。

彼らにとって、就職は新たな門出でもありつつ「中退」という挫折も同時に経験するほろ苦い季節になるのかもしれません。

 

ただ、就職先が決まっているのならまだ良い。

実は多くの中退者は就職先に悩む。

 

本人にしか分からない葛藤や不安、周囲からの意見や目線でぐちゃぐちゃに心の中をかき乱されて、うつ病になってしまうことさえもある。

何故、麗らかな春日とは対照的に心がどんよりと曇ってしまうのだろうか。

そんな悩みを抱える人に私なりに道しるべを与えよう。

これは、大学院を中退し薬剤師の仕事を経験し、今では町工場で金属部品加工を生業にしている私の経験から伝える言葉だ。

 

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大学・大学院で学んだ『専門性』に固執しすぎるな

 

学者や先生と呼ばれるような専門職を生業としない限り、多くの場合は一つの学問に傾倒した仕事をすることは稀である。

営業職にしても、事務員にしても、接客業にしても、会社経営にしても多くの情報に常に晒されており、それらを織り交ぜた中で有効な情報を自分なりに判断してインプットしながら前に進む。

人生とはそんなものだ。

 

自分が必要だと思ったことしか、頭の中には入れない。

受動的に見聞きした情報は弱い。

能動的に触れた情報はスポンジが水を吸うように脳に染み込む。

 

それは、専門性がどうとか関係ないことです。

 

あまつさえ、文系・理系という言葉さえも多くの場合、普段の仕事をしている時には無意味な言葉にも思えてくる。

例えば、現在の私が行う金属部品加工にしても、理系と言われれば理系なのかもしれない。

だが、文系だろうが理系だろうが関係なく仕事はできる。

 

取引先の営業マンだって文系と呼ばれる大学の学科出身の人は多い。

それでも、営業のために金属部品加工に付随する色々な知識を勉強しながら覚えようとする人が出世している。

理系じゃないと仕事ができない世界でもないのだ。

 

 

なのに、何故か大学・大学院に進学し特定の専門的学問を学べば学ぶほどにその専門性に固執してしまう。

もちろん、その専門性を吸収するために大学・大学院を選び入学しているのだろうが、問題は「中退」という道を選ぶ時でさえもその専門性が引っかかってしまっていることです。

 

私は法律を学んだから。

私は建築学を学んだから。

私は物理学を学んだから。

 

もう枚挙に暇がない。

 

それが心に引っかかって、特定の分野の仕事に就かなきゃいけないという勝手な縛りを自分の中にしてしまっているのです。

たとえ就職先として内定がもらえた企業があっても、そこでは自分がこれまで学んできた専門分野の学問が生かせないのでは、自分が専攻してきた分野と全く違う分野の仕事に就いてよいものか・・・と悩む。

 

だが、これは大きな間違いであることに早く気付かないといけない。

 

大学院で学ぶこととは一体何か?

それについては「大学院を中退する理由とそれからの就職のことは人生に影響あるのか?」の記事で書いているので、読んでみてください。

それに気づけば、きっと就職先を選ぶことが楽になるはず。

 

 

自分が学んだ専門知識に就職先を当てはめるのではなく、就職した先で自分の専門性を生かす道を切り開くことの方がよっぽど楽しいと思う。

ありきたりな思考では決して見えないものも、いつか見えるようになる可能性もあるのです。

仮に就職先で専門性が生かせない日々が何年も続いたところで、それは失敗でもなんでもない。

 

新たな就職先で得た新たな知識があなたの専門に変わっているはずだから。

そうすると、実は複数の知識が混ざり合うことで自分の頭の中で思考の化学反応が起こることもあるんです。

 

 

大学・大学院にまで進学させてくれた親への経済的負担に申し訳ない気持ちが溢れてくるというのなら、改めて大学で学んだことは専門知識以外に何があったかを思い出してみよう。

大学生・大学院生の間でしか経験できないことや、人間関係のこと、学生生活など勉強以外に学んだことはきっとあるだろう。

それが、人生の糧というものです。

 

 

就職することがリタイアだと思うことなかれ

私がたまに相談を受けた時によく聞くのが、中退して就職するのは負け組じゃないかな・・・と悩んでいることだ。

特に大学院を中退するとなると、その悩みは深刻です。

 

4年制の大学を卒業した後、2年ないし5年間大学院に通うとなると、年齢的には30歳前くらいになる。

大学院中退を考えるのもこうした年齢が大きな要素になったりもする。

 

 

30歳前にもなって学生であり収入はもちろんない。

このまま学生を続けてよいのだろうか?

やっぱり就職して安定した給料をもらえるように働くべきではないのか?

もし、大学院を中退してから就職先が無かったらどうしよう。

今の30歳前という時期を逃すと就職が難しくなるかも。

ここまでかかった学費が無駄になるのではないだろうか?

 

こういった葛藤を悶々と抱えながら、常に悩んでいることだろう。

 

 

大学・大学院を中退しようかと思い始めた時にはそれなりの理由があるはずです。

人間関係の悩み、勉学へのやる気の消失、将来の経済的不安など、とにかく年齢的な不安要素も加わり本人の中では正解が見えないので怖いのだ。

いずれにしても、就職=リタイア みたいなことは思ってはいけない。

 

大学・大学院に進学したら必ずその専門性を極限まで追求し続けないといけないなんて決まりはありません。

そんな縛りを作っているとすれば、それは紛れも無くあなた自身によるものだ。

 

 

極端な例かもしれないが、医者がコンビニで働く。

弁護士が保険会社の営業マンとして働く。

薬剤師が町工場で金属加工の職人になる。

車の整備士が配送業者の運転主になる。

 

 

これらはありえないことでもない。

できないことでもない。

 

ただ、周囲から「もったいない」と言われることを恐れているから、みんなやらないだけ。

 

大学・大学院に進学しても、結局は仕事をしてお金を稼がないといけないわけです。

日本で暮らすにはね。

 

その時に、本当にやりたいなと思える仕事に出会えるかは運もありますが、どこに自分が打ち込める仕事が転がっているのかを探すことも大事。

狭い狭い専門分野しか自分の居場所はないと決め付けてはいけない。

やりたいことがないというのは、やりたいことに出会えてないから、知らないから。

 

知ってみたら「これはやってみたい!」と思えるものが見えるかもよ。

 

 

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