「いい人をやめても楽にならない」と思うあなたに伝える解消法

人生
cegoh / Pixabay

今やもう30半ばのオッサンですが、その昔、私が中学生でまだ身も心もプリプリピチピチだった頃のこと。

ある日の授業で隣に座っていた女子が、教科書を忘れたので一緒に見せてあげただけで「優しいね。いい人」と言われドキッとしたのはここだけの話です。

なんとも初々しい少年だったこと。

 

それが今や・・・・

 

さて、そんな話はさておきこの世の人の7割は、どこかしら社会生活をする中で「いい人」を演じているという。

そして、2割の人は自由気ままにKYで自己中でいるという。

残り1割は神ってるほどに、純粋に「いい人」の塊のような人らしい。

(※勝手な憶測)

 

 

何が言いたいのかというと、結局、大多数の人は他人から「いい人」と思われたい、嫌われたくないという想いを持っているということ。

たとえ、それが自分の本心でなくてもです。

そうしないと、世の中では生きていけないとさえ思えてくることもある。

 

世間では「いい人」は損をするという風潮があるようで、その理由は相手の都合のよいように使われてしまうから。

結局、頼まれると断れないって弱みにつけこまれて苦しむパターンです。

よくあるよね。

 

 

こんな「いい人」を演じることが苦しいなら、いっそのこと「いい人を(演じるのは)やめなさい」とアドバイスをする書籍やネット情報がバンバン目に飛びこんでくるのは私だけではないはず。

断れずにいる頼まれごとに押しつぶされるくらいなら、断る勇気を持てということなんですね。

 

 

そうか!

よし、これからは断るぞ!

 

と心に決めても、相談されたり、頼まれたことを断ることに心苦しさを感じるって人はどないしたらよろしいのん?

というさきほど仮想分布した1割の神ってる「いい人」の言い分がこれだと思う。

私は神ってるわけではないが、確かに、無駄に引き受けることが無くなる分、仕事が減るので楽にはなるけど自分の心が楽にならない時があるんだよなぁ。

 

素で本能的に相談されたことや、頼まれたことはやらないとムズムズするっていう感覚。

もう俗にいうお節介ババアと言われても仕方がないくらいに、やってあげないと気が済まないみたいな。

何とも上から目線で申し訳ないです。

 

さぁ、もしもあなたが他人からの依頼を断ることでモヤモヤする持ちをが出てくるようならどうするべきか。

今回はこの時の対処法について書いてみよう。

 

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「いい人をやめると楽になる」というアドバイスが無意味になる人とは

 

何でも、頼まれごとを神様のように解決できる自分でいたい。

別に「いい人」と思われたいというよりも、相手に感謝されたい。

そうすることで、自分に満足感が湧き出てアドレナリンが出てゾクゾクする!

 

神ってる「いい人」というのは、こういうスーパーマンでありたい人のことを指すのだと思う。

 

何か問題があれば、私が解決してあげよう!

 

心の中このセリフを叫んでいるはず。

そして、実行して感謝されるとハイになる。

 

そんなスーパーマンでありたい人に「いい人をやめると楽になるよ」とアドバイスをしても、それは無意味なんです。

何故なら、「いい人」であり続けること(演じ続ける)ことのデメリットよりも、断ることで被る精神的圧迫感の方が大きいからだ。

 

普通にいい人を演じている人にとっての最大のデメリット(苦労)と思えることは、断れない頼まれごとによってストレスや不満・我慢・などを抱え込んでしまうことですが、スーパーマンでありたい人の苦痛は頼まれたことが自分で解決できない時です。

 

折角私を頼って相談してくれたのに!!

くそっ!

力になれないなんて!

くそっ!

 

どこのヒーロー気取りか自分でもわからないくらいに思ってしまうのです。

病気かな。

 

 

好感度よりも頼りがい度をあげたい「いい人」

テレビ番組の中で芸能人の行動を隠しカメラで撮影し、プライベートで「いい人」か「よくない人」かを検証するなんてことも目にすると思う。

あの対応は神がかっている!

クズ人間のような対応だな!

なんて、テレビを観ている側だからこそ腹を抱えて笑えるのです。

 

芸能人であり、大衆にその身をさらす仕事をしている彼らだからこそ好感度というものがすごーく大事なわけで、一般ピーポーの我々が好感度なんて気にしても仕方ないはず。

だけど、限りある交友関係の中で嫌われることを恐れるあまり、どうしても「いい人」を演じてしまう。

一方でスーパーマンになりたい人は嫌われるとか考えてない。

頼られなくなることが怖いのだ。

 

親分肌の人にこういう傾向が強いのではないかとも思うが、そうあり続けるからこそ社会では上に登れるのかもしれないと感じることはある。

 

また、好感度がどうとかよりも「頼りがい度」を気にするタイプの「いい人」ってのは些細なことに癇癪(かんしゃく)はほとんど起こさない。

テレビの企画にあるいい人検証の中で、名前を間違えられたとか、レストランで注文したものと違うものが出てきたとか、何回も同じ質問をされるとかどこまで許せるか?というものがあるけれど、おそらく、そんなものにいちいち怒らないだろう。

 

「いい人」をやめるためにと相談や依頼を断ることに心が痛む時

 

「いい人をやめると楽になる」が通用しないあなたへ。

断る自分が嫌いだというあなたへ。

 

その解決策は2つ。

 

1つはとことん自分を高め、自分を磨き、全ての依頼に応えることができるようにするしかない。

まず、不可能だと思いますけどものはやりよう。

自分が出来ること、得意なことをアピールする。

 

自分自身をブランディングして専門性はこれですよ!と周知させることです。(セルフブランディング)

そうすれば、頼まれごとはあなたが解決できそうなことに集中するはずですから。

 

問題は誰でも出来る雑用レベルの頼まれごとに関しては、もはや体力勝負です。

引き受けたあなたが悪い。

頑張ってください。

 

 

2つ目の解決策は忘れること。

たとえ断ることで心が痛んでも、それを一過性のものにする。

もう忘れてしまえ。

できないものはできないと断るしかない時は依頼があったことを忘れてしまえ。

 

忘れることができないならば、次に同じ相談があったら対応できるように学習するしかないです。

でも、そんな余裕ありまっか?

 

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