大学院を中退する理由とそれからの就職のことは人生に影響あるのか?

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日本の義務教育は中学校までであり、それ以降の学校は中退という選択肢があるわけです。

高校を例にとってみると、全国の高校生の中退者数は全体の2~3%程度であり、年々減少傾向にはあるようですが中退者数がゼロということはありません。

中退をする理由も、高校・専門学校・大学・大学院とそれぞれ異なるでしょう。

高校だと「学校生活・学業不適応」が最も多い理由だとされますし、大学ですと将来のことを真剣に考え出すので、社会のレールから外れた道を選んでみたいとか、これまで考えていた道とはやっぱり違う人生設計をしたいなどの理由で辞めてしまう人もいます。

でも、大学院になると少し状況が変わります。

私も大学院の博士課程で中退した一人ですが、個人的な理由(思い込み)がありました。

大学院を中退してからもう10年が過ぎた今だからこそ、振り返ってみることができます。

年月が経ちすぎると忘れてしまうこともあるし、中退して数年だとそれが良かったのか悪かったのかも判別しにくい。

でも、これくらいの月日が丁度振り返るのによいのではと思い『大学院の中退』について書いてみようと思う。

ちなみに、大学院を中退したからといって今の人生に大きくマイナス影響があるかと問われると答えは

No!

問題は中退したことじゃないと私は思っています。

なんだお前は!生ぬるいやつだなと思われそうですが、私なりの考えもあるんです。

もしも、あなたが大学院を辞めようかどうしようかと悩んでいるなら読んでみてください。

決して、大学院中退を勧めているわけではないことは念押しに言っておきますよ!

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中退も人生の舵取りだと思えばいい

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大学院を中退することに不安を感じ、その後の人生にどのようなマイナス影響が出るのか心配になっていることでしょう。

私も、実際に中退を決める時には迷いました。

就職活動はどうするのかも1つの問題です。

大学院中退はもはや大学卒でしかありませんし、中途採用の道からスタートなのでハードルは新卒よりも高いと言えます。

特別なスキルを身につけているのなら、それを売り込みにかければ興味をもってくれる企業もあるかもしれませんが、それもなければ尚更不安は募るばかりですよね。

しかし、何故大学院にまで進学をしたのに今、中退という道を考えるようになったのか、そのきっかけとなる心境の変化を思い直す必要があります。

また、どこに自分の居場所があるのかを考えて、調べ直す良い機会でもあるとも思わなければなりません。

そもそもですが、もしもあなたが大学・大学院に進学した理由の1つに「学歴」を掲げるのであれば、それはもはや意味を成さないと思わないといけない。

今や大学全入時代です。

多くの博士・修士などの高学歴者が希望するような職に就けずに不安定な生活を強いられているのですから。

そう、高学歴ワーキングプアですね。

10年ほど前から議題としてありましたが、状況一向に改善される様子はないのが現状でもあります。

しかしながら、徐々にではありますけども日本の悪しき学歴意識はようやく払拭されつつある時代へと移ってきたと同時に、それだけ個々の能力のオリジナリティが求められる時代になってきたとも捉えることができるのです。

そういった背景を加味してか、してなくてかに関わらず、少なくとも今現在あなたがこうして『中退』について考えている事実の裏側には、それなりの理由があるからですよね?

その理由が何であろうとも、これから出す答えが正しいのか間違っているのかは行動してみないと解りません。

たとえ今、間違っていると思う道を選択したとしてもそれが人生・天命であり、実は最初から『間違った』道なんてないことに振り返れば気づくんです。

生きていると、いつか過去を振り返る時が必ずやってきますが、そのタイミングと振り返る意味というものがそこにはあるのです。

きっと、あの時大学院を辞めていれば、辞めていなければ・・・

こういう考えは頭の中をめぐる時がある。

でも、そういうことは考えても考えても同じです。

”今”があることに変化は起きないのです。

過去に歩んだ道で見つけた「知識」や「経験」を使うかどうか、使える場所にいられるかどうかは今後の自分の決断によります。

大学院を中退するかしないかで今後の全てが決まるわけではない。

でも、何の考えも無しに行動を起こせば、後に苦労はするだろう。

結局は「自分自身が大学院に進学した理由」とそこで「何を学んだのか」を説明できれば良いのです。

すでに、それはあなたの人生の糧になっているから。

そもそも大学院にまで進学をした理由とは?

今の時代、高卒で就職する人よりも大学に進学する人の数が多いようにも思えますが、さらに大学院にまで進学するというのは極端に数は減少します。

大学の学部の選択は人によって基準がまちまちです。

一部の国家資格取得を目標にする学部もあればそうでない学部もあります。

自分が何を学びたいのかよりも、大学の名前に惹かれてその大学に入ることを目標にする学生もいないわけではありません。

しかし、大学院の場合は大学名のブランドはあまり関係ありません。

研究の内容こそが大学院を選択する理由になるはずなんです。

稀に大学卒業時に就職先が見つからないから、あるいはまだ就職したくないからという安易な理由で適当に大学院進学を選ぶ学生もいると聞きます。

これは一番やってはいけない行動です。

それこそ、充実した大学院生活を送れるはずがありません。

もしも、あなたが大学院に進学した動機がこれならば早く自分の本当の道を探さなければならないと思う。

基本的に大学までは受け身の『学び』が中心になる。

知識を教えてもらうことが8割だ。

確かに、専門的なことを学ぶのが大学だが大学院では『考える力を考える』ことを自分で発見することが大事になる。

頭の中に知識を詰め込むのではなく、インプットした知識をどのように整理して組み合わせてアウトプットするのかということを学ぶのが大学院であると、私は自分の経験から思うのです。

なので、とりあえず~という成り行きで大学院に進学した人でなければ、そこで学んだ ”何か” は必ず自身の中に残っているはずだ。

これだ!と思いここまで進んできたけれど、もしも少し思い直すところが出たというのなら、それはそれで大事なことなんです。

私が大学院に進学した理由と中退しようかと悩んだ理由

私は大学(薬学部)を卒業し国家資格を取得しました。

でも、大学4年生の時に配属された研究室にて、分子生物学の世界を見るチャンスがあったのです。

分子生物学とは生命を細胞や分子レベルで研究する分野であり、DNAの組み換えなどもこの分野に相当します。

私の場合、大学では細胞の培養、大腸菌やウィルスによるDNAの組み換え、タンパク質の分離などの基礎的な技術や知識を教えてもらいました。

それらがすごく面白く、この技術を使った研究をもっと続けたいという単純な理由で進学したのが失敗だったのかもしれない。

分子生物学という大きなくくりの中にある研究は多岐にわたります。

その中で当時の自分はどんな研究内容が自分に合っているのか、したいのかさえ定まらないまま『研究に携わりたい』というだけの気持ちしかなかったのです。

結局、研究室の先生に相談し色々と情報をもらう内に方向性が定まり、ある大学院の研究室を受験することにしたのです。

このように、自分の人生の向きを一気に変えてしまうような出会いというものだってある。

それまで信じていた道から大きく逸れた道を選んでしまうことだってある。

でも、それも天命です。

自分の実力に限界を感じ始めた博士課程

無事に受験にも合格し、大学院に進学してからは特別大きなトラブルもなく毎日を研究に費やす日々が続きます。

研究結果もある程度まとまり、修士課程の最後には先輩のジャーナル掲載にも連名で載ることができましたし、一定の成果はあったと思います。

研究課題(テーマ)も自分で見つけることができ、2つのテーマを同時進行させながら学会発表も何度か経験させてもらうこともできたので、それは今でも糧になっていると信じています。

ただ、博士課程に進学してからですが徐々に自分の限界を感じるようになったのです。

何が原因というわけではなく、あくまでも【直観的】な曖昧なものです。

それに、この時の年齢は25歳。

大学を卒業し、就職した同級生たちはすでに社会人3年目に突入ですね。

それに引き換え、私は社会を半分知らないまま学生を続けているわけで、そこにも何か葛藤があったのかもしれない。

定まった収入がなく、むしろ学費を払わなければならない。

奨学金を借りていても、いずれ返さなければならない。

そういった経済的な不安もありました。

正直に言います。

私はどちらかといえば、堅実主義です。

手持ちのお金が少なくなると不安で仕方なくなるタイプです。

幸いにも薬剤師免許は取得していたので、就職は何とかなるかと思う部分もあったので人生の進路変更にためらいは少なかったのは確かです。

大学院を辞める理由に多いのは、こうした自分の限界を感じる人や経済的な理由を掲げるケースが最も多いのではないかと感じますが、その理由が何であれ、それを感じた時点で人生のターニングポイントは訪れているのかもしれないわけです。

そして、繰り返しますがそこで培った思考のロジックは大切にするべきであり、それこそが今後の人生の糧になるはずなんです。

それが大学院という場所で得られることだ。

世の中には、途中で諦めることを ”美” としない傾向はありますが、継続すること自体に美徳があると思わない方がいい。

続けた先に何を見るのかを曖昧でもいいからイメージできていなければ、継続する熱意もモチベーションも足りなくなってしまうし、むしろ中退を考え出す時というのは続けた先に迷いが生じた時が多いだろう。

それでも、そこまで自分がやってきたことに何かが残っているはずであり、今度は別の場所でそれを生かせばいいんです。

辞めるということに後ろめたさを感じるよりも、引き際が肝心ということも覚えておくべきじゃないでしょうか。

自分のやりたいことがわからなくなったら?

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さて、このまま大学院生活を続けていって自分は社会で生きていけるようになるのだろうか?と漠然とした不安に苛まれた時。

次の道が見えないこともあるでしょう。

自分はこれから何をしていけばいいのか?

何をしたいのか?

何ができるのか?

どうしても、人は自分が今いるフィールドに近いところで何かを探そうとしてしまいます。

それは、フィールドから遠ざかれば遠ざかるほど自分にはできないのではないかという不安が大きくなるからです。

でもいっそのこと、全く異なるところに飛び込んでみれば新しい発見があるかもしれないのです。

今一度、思い出してみてください。

あなたも小学生の頃くらいに「将来の夢」って作文を書いたと思います。

そこには、何を書きましたか?

夢が無いという子供も最近ではふえてきているようですが、夢というものを職業のくくりで縛り上げるから夢がないとなるんですよね。

人生は一度きりという”ありふれた”言葉も、みんなが心の中で思っていることだから世間で”ありふれて”いるんでしょう。

もっとチャレンジ精神を持つことに恐れをなしてはいけないのです。

人生はいつからだってやり直しはできる。

いや、やり直しではなく積み重ねていける!!

中退を失敗と思うことではなく、経験を積み重ねたと思わないといけない。

少し話しがあらぬ方向に行きそうです(笑)

さて、私は大学院を中退したあと、薬剤師の仕事を選択しませんでした。

選んだのは、父が経営する金属部品加工の町工場です。

異業種も異業種。

周囲からは何故この道を選んだ?といつも聞かれます。

従業員も数人の小さな小さな町工場です。

薬剤師として、製薬会社や薬局で勤務するほうがずっと楽な暮らしができるかもしれない。

でも、人生はバラエティに富んでいるほうが楽しいだろう?

これが私の生き方なんです。

もちろん、一時は薬局勤務(パート)と町工場の兼業を許してもらっていた時期はありますが、今は町工場1本で生きています。

厳密には、様々な事業のお手伝い等も含めて町工場の仕事だけをしているわけではありませんけどね

( *´艸`)

町工場に入ることにためらいや不安はありました。

親が経営しているとはいえ、今までずっと医療の道を進んできたのですから。

ものづくりの世界は全く解りません。

なので、入社した当時は本を買いに行っては図面の見かたや加工の方法などについて勉強しました。

こんな経験をしてきて、私は世の中の仕事は途中から始めるのは絶対に無理というものは、ほとんど無いような気がします。

本人の気持ち次第なんです。

やりたいことが見つからないなら、やれそうなことに足を踏み入れてみるのもいいんじゃないかな。

今はインターネットの時代です。

転職サイトを見れば何かを発見できるかもしれません。

違えば、また次を探そう。

就職が難しくなる年齢というのは、残念ながらあります。

なので、早めの決断が大事になると思います。

若いうちに行動あるのみです。

大学院を中退した後のビジョンはいつでも変えられる

実は他にやりたいことがあるんだという場合。

それに方向転換しても大丈夫だろうか?と悩む人もいるだろう。

今、大学院で学んでいることも嫌じゃないけど、もっと気持ちが惹きつけられることが・・・

でも、失敗したらどうしようか。

これも先ほど書いたように、悔いを残さなくて済むうちに舵を切るほうがいいと私は思う。

人生は光陰矢の如しです。

あっという間に過ぎ去っていくのです。

私が大学院を中退したのは10年も前ですが、ついこの間のような感覚さえ残っています。

それだけ時間の流れというのは、慌ただしい若い時代は早く過ぎ去るのです。

だからこそ、迷ったらやってしまえばいい。

違えばやり直せるんだから。

やり直しだって、今と全く同じことをする必要もなければ違う興味だって出てくるかもしれない。

今思い描くビジョンは常に変化することを想定しておくべきではないでしょうか。

人生にターニングポイントはあっても、分岐点はないと私は思っています。

過去に辿って来た道は決して枝分かれした道ではなく、人は生まれてから死ぬまでに歩む道は一本道なんです。

最初から自分が選ぶ道は決まっているんだと信じています。

そう思えば、あの時ああしていればという気持ちも軽くなるから。

これまでに学んだ知識は無駄にはならない

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例えば、これから大学院を中退して違う道を選んだとしよう。

その時にこれまでに学んだ知識を生かせそうにない異業種に入ると決めた場合、今までやってきたことが無駄になるんじゃないかと思う時がある。

私も、薬学や分子生物学、基礎医学の研究の知識が金属部品加工をする町工場で生かせているとは到底思っていない。

これからどのような形でフューチャリングできるのかさえ想像できていない。

でも、学んできた経験や知識は無駄だとは思わない。

いや、無駄だと思わないようにしていると言ったほうが正しいかもしれない。

自分のライフマップに彩ができて良かったとさえ思っている。

そして、いつか何かとコラボできるようにしたいとも企んでいる。

無駄だと思えば、頭の中から記憶や知識が消え去っていく可能性だってあるんです。

それが一番無駄なんです。

人生に無駄なことなんてないぞ!と思いませんか?

大学院の中退が自分の人生の中で大きな意味をなすのか否か。

そんなことは大きな問題じゃないんです。

問題はこれから先にある人生をどんな風にしていこうかと『考えること』です。

漠然と毎日を過ごすことが一番勿体ないと私は思う。

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さぁ、未来へ向けて歩き出しましょう。


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